弁護士による預かり金不正に見る、信頼回復と不正防止の課題
― 組織的統制と透明性の強化 ―
近年、弁護士による依頼者預かり金の着服・不正流用事案が相次ぎ、日本弁護士連合会(日弁連)がその対策を強化する方針を打ち出しました。この決定は、2018年以降に少なくとも50人の弁護士が起訴・懲戒処分を受け、総被害額が約20億円に上るという深刻な実態を背景にしています。さらに、2020年には25億円を不正流用した弁護士法人が破産するという事例も発生し、弁護士制度に対する社会的信頼の根幹が揺らぐ事態となっています。
ACFE JAPANとしても、このような不正は法曹界のみならず、あらゆる専門職に共通する倫理・統制の問題であると捉えています。今回の対策で特筆すべきは、以下の2点です。
苦情1回での調査開始を可能に
従来は「3か月に3回以上の苦情」でなければ調査を開始できなかった規定を見直し、1回の苦情でも調査対象とすることが決定されました。これは内部通報制度やホットライン運用における「早期検知」の考え方と一致し、不正の初期兆候を見逃さない仕組みとして高く評価できます。
調査拒否時の氏名公表
調査を拒否した場合、弁明の機会を経て氏名を公表できる制度が新設されます。これは、企業におけるコンプライアンス違反や内部監査拒否と同様に、「非協力的な態度」そのものをリスクと見なす現代的な統制思想に基づいています。
このような改革の背景には、透明性・説明責任の重要性が強く意識されています。弁護士は高い倫理観と職業的自律が求められる存在であり、その行為には社会的影響が伴います。したがって、不正リスクに対しては「信頼の上にあぐらをかく」のではなく、内部統制や外部監視の仕組みを適切に整備し、継続的に改善していくことが不可欠です。
また、不正を未然に防ぐためには、「行動の監視」以上に「動機の理解」と「機会の排除」が重要です。預かり金の個人口座管理禁止や専用口座の登録制度、さらには最大500万円の見舞金支給制度などは一定の効果を上げていますが、制度を形式的な運用に終わらせることなく、実効性を伴う監視体制の継続的な運用が不可欠です。
不正防止の専門機関として、ACFE JAPANは引き続き、あらゆる業界・職種において「不正のトライアングル(動機・機会・正当化)」の観点から、組織内不正へのリスク認識と対策強化の支援を行ってまいります。今後も市民に広く周知されるべき透明性の高い制度設計と、その運用状況の可視化こそが、職業的信頼の回復と再発防止への鍵となると考えます。